川内ジオサイト

川内の安部城鉱山は、かつて大正から昭和にかけて日本三大銅山の一つでした。

ピーク時の大正6年(1917)には鉱山関係者3200余人が在山したといわれ、同年川内村が人口12000余人を持って町制を施行しました。

一方、深刻な鉱害も発生し、精練開始と共に周辺の山々は一面はげ山になりました。

関係者の並々ならない努力によって緑の山に回復し、閉山後は煙突や煙道の一部などの遺構が残された鉱山跡に遊歩道を整備し、鉱山の歴史や環境などの教育に役立てられています。

安部城鉱山

安部城鉱山はかつて大正から昭和にかけて日本三大銅山の一つでした。ピーク時の大正6年(1917)には鉱山関係者3200余人が在山したといわれ、同年川内村が人口12000余人を持って町制を施行しました。一方、深刻な鉱害で周辺の山々は一面はげ山になりました。関係者の並々ならない努力によって緑の山に回復し、閉山後は遺構が残された鉱山跡に遊歩道を整備し、鉱山の歴史や環境などの教育に役立てられています。

ホタテ・サクラマス・ワイン

砂泥底浅海の陸奥湾ではホタテの養殖が盛んに行われています。陸奥湾産のホタテ稚貝の一部は津軽海峡に放流され、外海地まきホタテとして漁獲されています。また、ホヤやトリガイ、ナマコなどの無脊椎水産資源も豊富に生息しています。 川内川ではヤマメの養殖が行われています。ここで育てたヤマメは津軽海峡や太平洋に注ぐ下北各地の河川に放流されています。 川内ジオサイト東部に位置する袰川地区では、下北ワインの原料となる葡萄が栽培されています。

田野沢海底林

恐山火山からの噴出物は各方角へ広がっていきました。ぶどう畑のある袰川地区も火山噴出物による地形です。高温の噴出物はその当時の地表面を覆いますが、ときどき生えていた樹木を取り込みます。袰川の南西側の海岸にあたる田野沢では噴出物が波で削られて、干潮時に倒された樹木の根を見ることができます。